昭和40年05月15日 朝の御理解
修行を頂き抜くという修行に、まあいうなら勝ち抜くと申しますかね、修行を頂きぬかなければ、修行を頂きぬかなければ、心に力も頂けないし、心に光も頂けない。修行を頂きぬくところに、心に力が頂ける。心にもちろん光も頂ける。どうでしょうか皆さん、信心を日々稽古なさってから、心に力のできていくことが楽しみと、心に光ができていく事が楽しみというような、ぐらいに自分の心の内容が変わっていかれておるでしょうか。なかったらだいたい信心の本当の値打ちはありません。
昨日、聞かせて頂いたんですけども、私共小学校に行っております子供達が、今テレビを見ないという修行をしておると、どういうところから話しあったか知りませんけれども、秋の15年の記念祭までテレビを見ないという。もうお爺ちゃんも、もう相撲の時だけ見なさいっち言ってから、その子供達がいうと、言ってから父が話しております。ね、だからもう修行を、ということはやはりその一つ一つの、一心発起しなければいけん、自分でそうして、その思い立たなければいけん修行は。
しかもその修行がです、ね、やり抜かれなければいけん。頂きぬかなければいけん。いうなら勝ち抜かなければいけん。ね、折角思い立った修行を途中で、やめるような事であってはいけん。そりゃくじけるような時もあるけども、そう言う様な時はやはり勝ち抜かなければいけん。修行っていうのは頂きぬかなければいけん。これは形の事、心の上の行でも同じ事。お道の信心では特に心の行を尊しとされておる。
「表行よりは心行をせよ」と仰る。けれどもやはり、そうした形の上においても、修行でも、さしてもらおうという元気な心、そういう元気な心がなからなければなかなか心行もでけん。昨日久留米の野口さん、ここに富永さん親子連れでお参りになってから、いろいろお届けをされた後に、ここに富永さんが、今年三十四才だそうですね、それに私の主人の母がちょうど三十四才で、主人を亡くしておられる。
そして4人の息子達を4人の、3人の息子さんと一人も娘さんですね、4人の子供たちをあれだけに育ててきたということはもう並大抵の事ではなかったろうと。先日宝物殿の掃除をさせて頂きおる時に、その過去帳、ちょっと見せて頂いたら、ちょうどその、母が34歳、手帳をくくって見ますと三十、昭和4年ですか、で、そのご主人、いわゆる、御主人のお父さんですたいね。
お父さんが亡くなっておられるということを気づかせて頂いて、本当にその、私ぐらいの若さで後家に、後家で、しかも後家を、え、そのう、通しぬき、4人の子供を育てるということだけでも大変な事だったろうと、もう本当にいよいよこのお母さんを大事にしてさし上げなければあいすまんと、こう、心の中に思わせて、いよいよ思わせていただいたら、本当に有り難うなったと、と言うておられます。
そこにはですね、今まで例えばお母さんのことに対して非常に修行を感じておった、何故ってそのせ、性格がぜんぜん反対だということですね。例えば家の中でも、同じ親子でも、なかなか親の思うような子供ばっかりはおらん。それは自分のあり方と違うからなんだ、自分の生き方と違うからなんだ、思い方が違う。ですから事毎に自分の心の中で一つの衝突を感じる。まそれをま、いうなら長年繰り返しながら修行としてさせていただいでおったんだけれども。
だんだんおかげを頂くようになり、そのことがだんだん有り難うなってきたけれど、そっちの事を心のひとつの修行とさせていただいてきとったけれど、そのお母さんが、三十四歳から、後家を通して子供さんたち育ててみえられたと、いうその事に対してだけでも、もう何にもなくなったと、という時には、もうすでにそのことは修行ではなくなったわけなんである。いうなら修行に勝ち抜かれたわけである。ね。
野口さんが、言うておられました。3番目の娘さんが仕事の関係で、町田さんですね、あそこの、一部屋を借りておられるわけなんです。それで、二つぶせに、今度,また,お孫さんができられた。それでもう本当に、いっぺん、いったん嫁にやったのは娘ではあるけれども、もう自分とか、そのうまあ娘、娘だから娘のように言うたんですけども、自分ところの、者として面倒みておられるわけ、ね。
もうとにかく少しでも金のかからんように自分が手を、かけさせてもろうてから、まあ親身での、まあ御用があっておる。ところが何か先日からちょっとしたことから、そのうまあ野口さんの気持ちに合わないことがあった。そこでこの、明子さんっていうんですが、明子さんに、あんただんだいたいここに居るもんじゃないて、お母さん、これだけあんた達の面倒見てやっとるとにこんなことでどうするかと、ね。
赤ちゃんの世話から、その家の、とし子さんっていう、二つになる子供をみてやっておる。それにあんたんとこのしげやすさんはどうか、あげなことなら、もう私は面倒見てやらん、いわゆるその、言われたと。それからその、おー松尾さんが、仕事の都合かななんかだったでしょうけれども、仕事を、あの、御用をされるお家に行ったきりで三日間帰ってきなさらなかった。
その間に野口さんは、いろいろ考えられたわけなんですね。そして本当にこれが、まあ、嫁にやっとるっち言うて自分とこの一人息子が、(裕紀)さんというのがおりますが、もし裕紀の嫁ごやったらどうじゃろうかと、もし裕紀だったらどうじゃろうかと、とこういう風に考えたと、ね、手前子供2人も、その嫁ごがここに預けときながら、そんくらいのこつも、いうならせんでから。
何でん、何でんかんでん自分にさせるとこういう思い方がですたい、もし自分の息子であったら、もしですたい、まあそんなことも無かろうけれどもですね、例えば、まあ、あのう、夫婦だったら、嫁さんが寝とるなら、やはり おしめも洗うてやらんならん、食べる事もしてやらんならん、ところがその自分の息子がもしそういうような事をしおったなら、男が何ちいうこつの、そげなもんばあつこちから、そげなこつせんでん、お母さんがするというて、するに違いはないというのである。
そこんとこを気付かれた。ほんなことは重康さんがでけんでけんと言よったけれど、そげなだんじゃなかった、自分の思い方のほうが間違っておったと、こう、思わせて頂いた日に帰ってみえた。もう本当に恐縮してから、もうその、今までの重康さん、いわゆる町田さんとは二人見るように変わっておることに驚きましたと同時にです、こちらの心行ができた時に神様はおかげを下さるということ。ね、
その心の修行にいわば勝ち抜かれたわけである。もう本当に信心が無かったら、もうこ例えば今度の事にはもう、完全に私だん私があの娘達夫婦は、もうあんただん他の所に家ば借らんのち、言ってから追い出しとったに違いないと、昨日言うておられましたが、ね。私はその心行と行というのはそれをやり抜くことだと、頂き抜く事だと。ね、そしてそれがもう修行が修行ではない、有り難いという事になっておるということ。
富永さんの場合でもそうでしょうが、今までは修行と感じておったことが、もう修行ではなくなった。有り難い事として頂いておられる。野口さんの場合でも同じ事です。ね、自分の思い方がです、三日間いろいろ考えられていくうちに、自分の息子ならばとこういう思い付きからです、ね、自分の心の中にそれが有り難いものになっておるという事。そして行というのは、行のごととこう申しますそのやり抜く事だと。
頂き抜く事だと勝ち抜く事だと。そこに私共が限りない修行を、また次には今まで修行であったと思っておった事はもう修行ではなくて、次にもっと高度の修行に取り組ませて頂く、だからそういう修行が限りなく繰り返されて、私共の心が愈々高められていく、心に愈々大きな光が頂けてくる、心にいよいよ力が頂けてくる。ね。そういう私共は表行、または心行と ね、そのためには先ず私共が一つの発心ですね、
一心発起をさせてもろうてから、ね、一つの修行に取り組ませて頂かなければならない。それをやはり頂き抜かなければいけん。そしてその修行と感じておった事が修行には、もう感じられないという時が勝ち抜いた時である。今まで修行と思うておったのは修行ではなかった。愈々大きな心の中に力と光を頂かせて頂く、ためのものであるという事。同じ事柄がいつも修行、一生が修行だからと言うてです。
同じ事柄が一生、例えば修行であったんではこんなつまらん話はない、それは全然向上してないのであり、またその事に本気で修行として取り組んでない証拠である。いつも負けたり勝ったりしておるようなことではつまらん。勝ち抜かなければいかん。頂き抜かなければいけない。例えていうならなら、私が先日昨日一昨日でしたかね、あの先生が、残っておりました時に、だいたい先生、医学的に人間は何時間寝たら、いい事になってるんですかっち言って秋永先生が訪ねられた。
大体は八時間けれでもその人の稽古によって、四時間寝ればいい事になっておりますと言う様な事を言うておられた。それが聞きながら私が思うた、はあ私達は稽古ができてきおるとこう、ね、何時間寝らなければならないっていう事ではない。ね、それがもう例えば私共の朝のお勤めと、というものが修行と思うて、それを行じさせて頂きおるうちにです、もうそれは修行ではなく成って来た。
もう当たり前のこととして頂けるように成って来た。これなんかは修行にいわば勝ち抜いておる姿だとこう思うです。ね、そこには私の心の中にその修行を通して心に力が頂けておる、同時に光が大きくなっておる。ね、そういう意味で、やはり一生が修行なんですけれどもです、ね、だから次の修行にまた精進させて頂かなければならない。信心に修行は付き物、その修行におかげが付き物なのですから、皆さんがお参りしておるのも、ただおかげを頂かなければならんからのお参りであったら修行じゃない。ね、
それが皆さんが修行としてお参りなるならばです、そこにはおかげが右とか左とかと問題にしてはならない。しかもそのお礼参拝がです、信心の稽古がですもう当たり前の事としてできていく。ね。そこに私は修行に勝ち抜く者の勝ち抜いた者の姿と、ね、修行を頂き抜いておる者の、信心の姿というのがあるとこう思うのです。もちろんだから自分の心の中に光を感じる力を感じる、ね、それがだんだん大きくなっていく事が、私は本当の信心であると思うですね。
いよいよ真の信心のいわば神髄に触れていく為に、どうでもし高度な修行になっていかなければ信心の、真の信心の神髄に触れていく事が出来ん。いつも真の信心の神髄に触れていくことを楽しみに、の信心を願わなければならないと思うですね。あの事を通してこのことを通して、一心発起させて下さった、として修行させて頂いたが その事の願いのための修行であったけれども。実はそれは私の心の中に力と光を与えて下さる御都合であり、やはり神愛のそれは現れであったと言う事に、まつきてくるのですね。
しかもそれがいよいよ高度なものへ、高度なところへと。富士のいわば高嶺に住んでおる、一年中を通してから雪が積っておるように、高められれば、高い高い山ほどいつでも、夏でも、雪が積っておると、ね、そういう修行がなされていく、その代わりに自分の周囲の山を下にこう見ておる。自分が高められておる。おかげが高度なものになっておる。いよいよ自分の心が豊かに大きく、ね 力を頂いていっておるという事、そこに私は大体信心の目指しというものが置かれなければならないと思うですね。
おかげを頂かなければなりません。